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不老不死は人間にとって必要な技術なのか?人は、死ぬからこそ意味がある。だから、今を生きることができるのだ。

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どうも、メンター(oliver97291866)です。(*´꒳`*)

命が1000歳になったもし不老遺伝子が特定されて、人類の平均寿命が1000歳になったら

技術(的)特異点(シンギュラリティ)という言葉をあなたは、ご存知でしょうか?そして、不老不死というモノを身近に感じたことはあるでしょうか。

不老不死=不老遺伝子(不老化手術)を実現することができれば、確かに人間にとっては永遠の若さを保ちつつも、一生を変わらない変化の中で生活することができるメリットがありますが、

果たして、死なないという選択をすることが、人間にとって本当に必要な技術なのでしょうか。

今、2018年から30年後にある2048年は、不老不死が常識となり、人間の寿命が1000歳近くに伸ばされることになります。1年経過する毎に1年寿命が延びる。死にません。

でも、私は、違うと思います。無論、これから、大論争が予測される機械と人間の融合のお話を今回で進めさせて頂きます。

賛否両論あると思いますが、私は、不老不死という技術には中立な立場としてお話します。



不老不死=永遠の若さと寿命を細胞レベルで技術的に可能にすることだ。しかし、人間にとって限りない余る時間は大切なモノなのか?

人間は、死ぬ事に意味があるのではないか?とよく、言われていますよね。

人が死ねば、墓に骨と魂を埋め、毎年決まった日は、墓参りをする人も多いと思います。別れは唐突で辛いものです。大好きな人と別れることになるのですからね。

でも、いつまで泣いていても仕方ありません。

人間は、死ぬからこそ尊敬されることもあります。大切な人が死んだから、自分は、もっと、強くなろうと思える。人間の醍醐味であり、素晴らしい事ではないでしょうか。

人間は、感情があります。機械で無機質ではありません。傷つき、喜び、共感し合う生き物なんですね。情状酌量の余地ありという裁判の言葉も知っている人は多いはずです。

人間だからこそ、犯罪者に対しても、同情する気持ちを忘れず、情けをかけることができます。

機械と人間は一番大切な本質というジャンルで違います。

不老不死は、機械に近づく技術だと感じますね。人間が機械になってしまえば、大切な要素を失うことに気付くはずです。お腹が減れば空けば、美味しい食べ物が恋しくなる。

喉が渇いたら冷たい飲み物を飲む。

これらの動作も、人間の感覚器官が働いているからこそ成せる体験であり、人間らしい行動なんですね。不老不死で絶対に死なないのであれば、

最終的に飲み物も食べ物も、楽しいことですら、何も感じなくなる可能性があります。

うつ病ですらも脳内改革によって、取り除かれる時代が来ます。しかし、人間嘗ての動作は消えます。

本当に不老不死は必要であり、AIは頭が良いですが、発達させて良いモノなのでしょうか。

2018年以降、更に考える必要がありますよね。もし、AIがこのまま発展してしまえば、人間が仕事する場所を失い働かなくなります。

こうなれば、末期です。なので、今の時代を精一杯人間らしく生きることが重要になります。



そう、遠くない未来(2045年頃)には、日本と世界の国々は、良くか悪くか変わり果てることになる。

人間の生活が便利になりすぎた世の中で、我々は生活しています。もちろん、便利な生活を手放すことはこれから先も人類はしないでしょう。

昔を懐かしむことはあっても、過去に戻りたくないという人は多くいますよね。

利便性で進化した人間が抱えている二次問題はトラック運送業界の悲鳴であり、物流業界の闇をテーマとしたニュースは後を絶ちません。

便利になった時代が日本の血液全体を不便にしているんですね。パソコンで仕事をしている我々も、実は危険なんですね。

パソコンと自分さえいれば、どこでも仕事ができるというのは、裏を返せば、人と接さなくても生きる事ができる。

最低限の用事で生きていく事ができると言い換えることができます。

これは、人間という立場からして理想的だと言えるのか、私自身の葛藤と悩みでもあります。

通常労働をしている人達は本当に羨ましいですね。普通に働けるモノなら普通に働いて人間らしく汗かきながら生活をしたかった。

私の苦労はどうでもよいのですが、人間の初心を忘れたら末期であると言えます。私は、お腹が空いたときが、自分は人間なんだなって思う瞬間でもあります(*´꒳`*)タベタイ

このように、人間は最高なんですね。便利の究極形態は、何もしないことになるので、

食事すらパソコンで管理し、サプリメントで代用するという食生活は絶対にやめたほうがいいと思いますね。無農薬野菜と天然の野菜や食べ物、飲み物だけを中心に生活し、

健康的な生活を心掛けていきましょう。

日本は、幸せな国ですが、便利な世の中で人間らしくなくなるのは、必然であり止めようがありません。

それならば、ユトリ世代だと言われている私達より以降、古い人間層の皆々様方で盛大に生きていこうではありませんか。

そう遠くない未来に、破滅の予兆もあります。2030年にも問題は山積みなんですね。変わり果てるのが良い意味でなのか、悪い意味でなのか、未来は誰にも予測できませんが、

いつの時代も、いつのまにか、状況が普通になるのが当たり前ですね。スマホが一人一台あるなんていうのは、一昔前までは考えられる事ではありませんでしたからね。



今を生きてみなければ、未来は分からない。地球がこれから先、安全だとも言い難い。後、何十年後かには、人類最大の決着と決断を迫られることになるだろう。

今を生きるしかない。これは本質でしょうか人間にとっての。

人間は過去に行くことは恐らく誰でもできません。そして、未来にもトラベルすることも現在では不可能です。不老不死が実現するレベルであれば、

光速を利用した移動手段(タイムマシン)も出来上がるのも、時間の問題ですね。

それよりも、人間が、あまりにも加速化しすぎた進化に対して順応できるのかどうか、疑問であり難しいところだと思いますね。

個人的には人間が機械に飲み込まれたら終わり=末期だと考えているのですが、あなたはどうでしょうか?

今の時代は安全がある程度保障されてはいますが、それは、人間レベルでのお話です。

地球レベルで考えてみましょうか。地球は寿命が近づいています。太陽という人間に必要不可欠なエネルギーにも寿命が存在し、何十億年という寿命範囲があります。

不老不死を人間が実現できたとしても、地球と太陽の寿命が有限なので、人間が進化して他の惑星=宇宙を移動し、新たな惑星に移り住む必要が出てきます。

人間の技術進化はある意味で必然なのでしょうね。宿命論=運命論という意味合いでも、頷けることはあります。

私が、不老不死や技術の特異点に対して中立だと序盤にお話したのは、否定的な意味合いを込めながらも、期待しワクワクする気持ちもあるからなんですね。

人間は、立ち止まらない馬鹿な生き物ですので、一度便利になった進化は歩みを止めません。

AIの頭が良すぎると、人間を滅ぼそうとする=危険視があるのにも関わらず人間が進化するAIを日々、作り続け開発し続けてる今日があります。

今生きている最先端の人々が期待し夢を持っているからなんですね。私も、ワクワクする希望を胸に馳せて生きてみようと思います。

人生は良い意味で生きてこそ価値があるし、面白いと思うんです。ならば、時代に適応した形で生きることも我々の選択ではないでしょうか。

今の価値観は過去の価値観として成り下がる。悪い意味ではそうなりますが、良い意味で考えれば、人間の過去の栄光と人間らしさは、消えてなくなることは一生ないんですね。

恐怖心と焦り、喜びと楽しみがあるのはあなたが今現在を生きている新鮮な人間だからなんですね。(*’ω’*)スバラシイ人生をもっと、楽しんでみましょう。

以上です。オードリーヘプバーンさん綺麗です。忘れません。



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