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新卒(採用)の入社式に親も同伴?人材獲得のために過度な差別化(気遣い)を図るのはダメだと思う。

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どうも、メンター(oliver97291866)です。

4月に入り、企業が人材獲得に向けて動いている情勢が伺えます。新卒を採用し、企業に対して貢献してもらうことが、会社成長への機動力になることは間違いないし、優秀な人がいるだけで会社も明るくなりますよね。

しかし、企業の行き過ぎたサービス(差別化)は、ダメだと思います。というのも、私自身、中立な立場として、今回の『 入社式に親同伴 』というテーマについて語らせてもらいます。そもそも、入社式というのは、一社会人として、一人立ちするための準備段階としての儀式を意味合いとして込めています。

親を入社式に同伴させるということは、つまり、一人立ちを妨げていることになるんですね。もちろん、私自身も、親に迷惑をかけ、社会人になるまで育ててもらった恩があるし、感謝も込めて今回、記事を作っているわけですが、それでも、超えてはいけない一線というのはあると思うんですよね。

入社式の意味がなくなる気がするんですよ。親といつでも会うことができる状態のなかで、なんとなく、入社してから、これからの先(人生)が不安だから、付き添ってもらうなんていう甘い環境では、人材は育ちません。



失礼なことを言うようだが、いつかは一人の人生を歩まなければならないので、今から独力(自己解決力)を付けておくべきである。

独力とは、一人だけの力で人生を生きていくことを意味します。親の力にいつまでも頼っているわけにもいきませんよね。失礼を承知で言いますが、親御さんは、いつか、他界します。なので、あなたが若い頃から、一人でも生きていけるような力を身につけ、社会に立ち向かわないといけないんですね。

親と一緒にいたい、いつまでも、たとえ、両親が年を取って老いたとしてもそばにいたい気持ちは痛いほど分かります。だからこそ、あなたにも生きる意味があるし、親への恩返しを一人立ちという形で実現してほしいんですね。そのために、無謀な夢があるのではないでしょうか。夢を叶えるために、親の力を使うわけにはいかないですよね。

資格を取得し、頭を賢くし、人生経験を重ね、独り立ちをするんですよ。親の影響力なんてあなたの人生において、関係ないんですよ。親御さんが優しい言葉をあなたに投げかけたとしても、あなたの夢を実現している最中であれば、手を振り払うべきです。

なので、本来、入社式に親を同伴させることは間違っていると思います。完全否定するわけではありません。これからの、若者未来を有意義なモノにするために、今回意見しています。全ての物事に誰かの力を借りていては、成長を見込むことはできないので、成長はストップしますよ。そうなった時点で、独力で解決できる力が備わっていなければ、人材としても育つことが難しい状況になりますよね。

よく、知識と知恵は、言葉の意味合いとしては違うといいますが、その通りです。知識は、本やリアルに方法を知り、解決方法を知っている状態のことです。頭に入っているだけなので、行動できるレベルではないのです。

知恵は、知識とは全く異なり、知識を用いた解決策を自分で行動・解決できるレベルのことを言います。また、仕事と作業も意味合いとしては違います。頭を使うか使わないか、成長を問う・問われないの違いとなります。あなたには、知恵を活かした生活をしてもらいたいですね。



優秀な人材(東大出身)でも、人生を賢く生きれるとは限らない。人生を上手く立ち回れる人は、いつの時代も応用力が利く人である。

新卒の親同伴とは直接関係ない内容に見えるかもしれませんが、今回の企業過剰サービス(気を利かせた対応・気遣い)により、人材確保=本当の意味での発展を止めていると私は懸念しています。なぜなら、応用力がなくなる恐れがあるからです。

与えられた指示内容に対して、仕事を効率良くこなすことができる人は、世の中ではたくさんいますが、応用力=自分で考えた自己解決をできる優秀な人は東大及び、学力偏差値が高い人でも多くありません。理由としては、それだけ、自分で解決できる力のレベル実現が難しいからですね。考えなくていい作業自体は本当にただの作業なんですね。

仕事というのは、知恵を活かした新しいものを生み出すということを意味するので、根本的に意味合いが違うんですよ。なので、親を同伴させて心配を減らし、将来への不安も親に依存する形になってしまってはいけないんですよね。

応用力がない人材は、いくら、頭が良くても、活躍できる場は少ないです。今の時代、単純,計算であれば、人工知能で事足りる状態になったので、事務作業もいずれ、なくなるでしょう。それぐらい、人間にしかできない仕事への移動を求められているわけですね。

機械が失敗しないので、人間の変わりを務め、人間は、人工知能がまだできないレベルの仕事を行うしか価値がないということなんです。私が前半に独力の力で、と強く発言した裏側には、人間不要の懸念を企業サービスで実現してしまう可能性があるからなんですね。

直接は関係ないと思いますよ。でもね、応用力が無くなった人間が機械に勝てるなんていうことはないわけですよ。応用力=起点変更とか、順応力とか言ったりしますが、人間が自分の脳で考えることをしなくなると退化します。なので、自己解決できる力は必要なんです。

小さな懸念がやがて、大きな問題へと発展することはよくありますよね。地球温暖化問題でも、自動車の排気ガスや工場の汚染ガスにより、地球全体が温まることにより、北極の氷が溶けて、海の高さが上がり、生物の環境に大きな悪影響を与えていることは大きな問題となっていることは事実であり、オランダや各国も、2050年頃には人間が住めなくなるので、国として機能しなくなるという懸念もあります。

このままの状態で地球を野放しにすれば、危険な未来は容易に想像判断ができるはずです。情報社会で人間が働かなくなり、逆に機械を働かせて、自分達はのんびり暮らすことが意味することは、人間の退化を意味します。トラストヒューマニズム問題を抱え、問題山積みなんですけど、難しいですね。

東京だけが治安良くなっても意味ないですし、田舎は、当分の間、機械に替わられることはないと思います。未開拓地が多すぎて政府としても、手が伸ばせない状態だからです。私も、田舎に旅行した時、田舎の寒気と暗中の畑には恐怖を覚えたほどですからね。最終的には、一人だけの力で生きていきましょう。



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